2006年04月05日(水)
出産バトン
Aruruママさんからもらった、出産バトンです。
バトンが回ってくるのは初めてです!
●初お産はいつ?何週目でお産しましたか?
2005年4月14日
33W6Dでした。
↑早すぎ。
●お産前の経過は?(陣痛から?破水から?)
陣痛からですね。
朝方おなかが痛いと思って病院に行ったら
子宮口が3cm開いていました・・・
●出産時間は?
5時間6分と母子手帳には書いてあります。
そのまえ丸1日、入院して子宮口が開かないよう点滴していました。
おなかに機械つけているから寝返りもできないし
他の妊婦さんが「イタイイタイ」と夜中に大騒ぎしていたし
ほとんど寝てなくて辛かったです。
5時間6分ってどこから計ってるんだろう?
●出産でイヤ!と思ったことは?
陣痛はなんとか大丈夫。
でもでも産むときの痛みは耐えられなかったです。
会陰切開したとこが痛かったのかなぁ??
子どもが生まれた喜びよりも
「もうイタイの終わりなんだ〜」
という方が強かったですね。
カンガルーケアもさせてもらえず、
顔も見せてもらえないままNICUに連れて行かれちゃったから
喜びが沸かなかったのかなぁ・・・
こんなの、2度とイヤだって思っちゃいました。
ダメ母でごめんね、ゆっくん。
●名前をどう決めたか?由来は?
「1人目なので俺が決める」
とくまちゃんが決めました。
予定日1ヶ月半前、朝方腹痛がして念のため
個人病院に受診したところ
「子宮口が3cm開いている、1800gしかないから自発呼吸できるか分からない」
と言われてそこから救急車でNICUがある病院に転院。
怖い思いをしたのですが、その間にひらめいたらしいです。
ひらめいた割にはおじいちゃんが考えた名前と一致していたりして
(おじいちゃんは自分がつけたかのように大喜び・・・)
不思議ですね。
●現在子供は何人いますか?
1人です。
●今後も子作りしますか?
もう1人ほしいなぁって最近は思うんですが
2学年差で保育園に入りやすいように・・・となるともうそろそろ。
でも、まだ勇気がないです。
次のときは会社辞めないとor長期で休まないと
また早産しそうで怖い。
会社辞めちゃうとゆっくん保育園退園だし
難しいよな〜
●出産に対して一言
出産がこんなに大変だと思ってもみませんでした。
2人3人のお子さんを持つお母さん、尊敬します。
あと、自分の母の偉大さがよく分かりましたね。
良い人生経験でした。
●バトンまわしたい人5人(出産経験者限定)
このブログを見にきてくださっているママさん、
書いてみてもらえませんか〜?
妊娠&出産のことは過去のブログに載せてます。
興味があったら見てくださいね。
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バトンが回ってくるのは初めてです!
●初お産はいつ?何週目でお産しましたか?
2005年4月14日
33W6Dでした。
↑早すぎ。
●お産前の経過は?(陣痛から?破水から?)
陣痛からですね。
朝方おなかが痛いと思って病院に行ったら
子宮口が3cm開いていました・・・
●出産時間は?
5時間6分と母子手帳には書いてあります。
そのまえ丸1日、入院して子宮口が開かないよう点滴していました。
おなかに機械つけているから寝返りもできないし
他の妊婦さんが「イタイイタイ」と夜中に大騒ぎしていたし
ほとんど寝てなくて辛かったです。
5時間6分ってどこから計ってるんだろう?
●出産でイヤ!と思ったことは?
陣痛はなんとか大丈夫。
でもでも産むときの痛みは耐えられなかったです。
会陰切開したとこが痛かったのかなぁ??
子どもが生まれた喜びよりも
「もうイタイの終わりなんだ〜」
という方が強かったですね。
カンガルーケアもさせてもらえず、
顔も見せてもらえないままNICUに連れて行かれちゃったから
喜びが沸かなかったのかなぁ・・・
こんなの、2度とイヤだって思っちゃいました。
ダメ母でごめんね、ゆっくん。
●名前をどう決めたか?由来は?
「1人目なので俺が決める」
とくまちゃんが決めました。
予定日1ヶ月半前、朝方腹痛がして念のため
個人病院に受診したところ
「子宮口が3cm開いている、1800gしかないから自発呼吸できるか分からない」
と言われてそこから救急車でNICUがある病院に転院。
怖い思いをしたのですが、その間にひらめいたらしいです。
ひらめいた割にはおじいちゃんが考えた名前と一致していたりして
(おじいちゃんは自分がつけたかのように大喜び・・・)
不思議ですね。
●現在子供は何人いますか?
1人です。
●今後も子作りしますか?
もう1人ほしいなぁって最近は思うんですが
2学年差で保育園に入りやすいように・・・となるともうそろそろ。
でも、まだ勇気がないです。
次のときは会社辞めないとor長期で休まないと
また早産しそうで怖い。
会社辞めちゃうとゆっくん保育園退園だし
難しいよな〜
●出産に対して一言
出産がこんなに大変だと思ってもみませんでした。
2人3人のお子さんを持つお母さん、尊敬します。
あと、自分の母の偉大さがよく分かりましたね。
良い人生経験でした。
●バトンまわしたい人5人(出産経験者限定)
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2005年11月11日(金)
同期の退職
同期の1人(男性)が12月末で退職することになりました。
もうすぐ入社して丸5年というところでしたが、それを待たずに退職するそうです。
初めて本人から話を聞いたとき、正直かなり驚きました。
持ち前の明るさで過酷な環境でも楽しく働いているように見えたし、後輩からも慕われていてそんなことを考えているように見えなかったのです。
それに・・・同期で一番先に会社を辞めるのは私だと思っていましたから・・・
彼は、閉鎖的な職場(1フロアーで100人強の人がパソコンに向かって仕事している状態)の中で一生を過ごすことが考えられない、狭い価値観の人間になってしまいそうで嫌だとずいぶん前から感じていて、自分の将来について考えていたようです。
そうして、来年4月から働く職場を決め、上司の許しが出たので晴れて退職という流れになったと聞きました。
同期の中でも最も尊敬している彼に会えなくなるのは残念ですが
彼の未来を祝福してあげたい気持ちでいっぱいです。
彼が会社に対して感じるマイナスイメージは私が普段感じていることと共通しているので
気持ちが良く分かるからです。
私が足踏みしている間に、どんどん先へ走っていく人がいる。
私はいったい何をしているんだろう・・・
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もうすぐ入社して丸5年というところでしたが、それを待たずに退職するそうです。
初めて本人から話を聞いたとき、正直かなり驚きました。
持ち前の明るさで過酷な環境でも楽しく働いているように見えたし、後輩からも慕われていてそんなことを考えているように見えなかったのです。
それに・・・同期で一番先に会社を辞めるのは私だと思っていましたから・・・
彼は、閉鎖的な職場(1フロアーで100人強の人がパソコンに向かって仕事している状態)の中で一生を過ごすことが考えられない、狭い価値観の人間になってしまいそうで嫌だとずいぶん前から感じていて、自分の将来について考えていたようです。
そうして、来年4月から働く職場を決め、上司の許しが出たので晴れて退職という流れになったと聞きました。
同期の中でも最も尊敬している彼に会えなくなるのは残念ですが
彼の未来を祝福してあげたい気持ちでいっぱいです。
彼が会社に対して感じるマイナスイメージは私が普段感じていることと共通しているので
気持ちが良く分かるからです。
私が足踏みしている間に、どんどん先へ走っていく人がいる。
私はいったい何をしているんだろう・・・
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2005年04月14日(木)
出産
1日眠れぬ夜を過ごし、1夜明けて再び検査。
子宮口が・・・5cmに開いていました。
ウテメリンの滴下量は最大ということで、
これでだめなら出産になると言われました。
お昼頃、もう一度、検査。
子宮口が7cmに。
ウテメリンの点滴をやめ、出産することになりました。
分娩室に移動するとき、ちょうど母が来ました。
私はこうなったことをまだ誰にも連絡していませんでした。
・・・というかそれどころでは無かったので。
くまちゃんは仕事のため、まだこの事実を知りませんでした。
母に、連絡してもらえるよう頼んで、いざ、分娩台へ。
分娩台で、どんどん陣痛の痛みが強くなっていきました。
急な出産で
呼吸法も産み方も分からなくて助産師さんに教えていただきつつ
研修医の先生に腰をさすってもらいつつ
別の助産師さんと一緒に深呼吸をしながら、
「イタイ!イタイ!」
と声を限りに叫び
しまいには
「もう無理!」
とまで・・・・(あとから考えると恥ずかしい限り。)
そんなこんなで無事出産しました。
赤ちゃんは1796g、病院内で最も小粒の赤ちゃんでした。
頭と肩が出るとき痛かったですが
その後は一瞬でした。
カンガルーケアも何も無く
「ふぇーっ」
というかぼそい声だけを残して
赤ちゃんはNICUに連れて行かれてしまいました。
そのあと2時間、分娩台の上で動かずにいました。
母がそばに居てくれて、ほっとしました。
赤ちゃんの生まれた喜びというよりは、
あまりの痛みから解放された安心感だったのかもしれません。
涙がでました。
会えたのは・・・
2時間後。
母から連絡を受けて急いで駆けつけたくまちゃんと
手足・鼻にチューブや点滴がつけられて痛々しい姿の我が子と
対面しました。
NICUの他の赤ちゃんと比べても1回り小さな赤ちゃんでしたが
とにかく手足をよく動かして元気いっぱい。
BABY、生まれてきてくれて、ありがとう。
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子宮口が・・・5cmに開いていました。
ウテメリンの滴下量は最大ということで、
これでだめなら出産になると言われました。
お昼頃、もう一度、検査。
子宮口が7cmに。
ウテメリンの点滴をやめ、出産することになりました。
分娩室に移動するとき、ちょうど母が来ました。
私はこうなったことをまだ誰にも連絡していませんでした。
・・・というかそれどころでは無かったので。
くまちゃんは仕事のため、まだこの事実を知りませんでした。
母に、連絡してもらえるよう頼んで、いざ、分娩台へ。
分娩台で、どんどん陣痛の痛みが強くなっていきました。
急な出産で
呼吸法も産み方も分からなくて助産師さんに教えていただきつつ
研修医の先生に腰をさすってもらいつつ
別の助産師さんと一緒に深呼吸をしながら、
「イタイ!イタイ!」
と声を限りに叫び
しまいには
「もう無理!」
とまで・・・・(あとから考えると恥ずかしい限り。)
そんなこんなで無事出産しました。
赤ちゃんは1796g、病院内で最も小粒の赤ちゃんでした。
頭と肩が出るとき痛かったですが
その後は一瞬でした。
カンガルーケアも何も無く
「ふぇーっ」
というかぼそい声だけを残して
赤ちゃんはNICUに連れて行かれてしまいました。
そのあと2時間、分娩台の上で動かずにいました。
母がそばに居てくれて、ほっとしました。
赤ちゃんの生まれた喜びというよりは、
あまりの痛みから解放された安心感だったのかもしれません。
涙がでました。
会えたのは・・・
2時間後。
母から連絡を受けて急いで駆けつけたくまちゃんと
手足・鼻にチューブや点滴がつけられて痛々しい姿の我が子と
対面しました。
NICUの他の赤ちゃんと比べても1回り小さな赤ちゃんでしたが
とにかく手足をよく動かして元気いっぱい。
BABY、生まれてきてくれて、ありがとう。
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2005年04月13日(水)
妊娠33週目(9ヶ月) 出産前日
私の人生の中で、もっとも怖くて長い1日だったかも知れません。
朝方、6:00頃、ものすごくお腹が痛くて起きてしまいました。
今までに感じたことがないような痛み。
子宮の痛みなのかな?良く分からず。
トイレに行ったら、少し血がついていました。
?なんだろう?
痔・・・だからかな。
お腹の痛みは、くまちゃんに背中をさすってもらったら少し良くなって
そのうち眠ってしまいました。
次に目が覚めたのが9:00ごろ、
お腹の痛みは無くなっていました。
「病院に行った方がいいよ。」
くまちゃんに言われて、治ったから平気かな・・・と思いつつも
心配なので病院に連れて行ってもらいました。
車で20分くらい、
痔なので、助手席に座っているだけでおしりが痛かったです。
診察を受けてはじめて、大変な事実を知りました。
既に、「子宮口が3cm開いている」という診断だったのです。
内診をしながら、先生が驚きの声を上げ・・・
それを聞いて、私も事の重大さを知ることに。
9ヶ月、33週5日、子どもは1800gとちょっと。
今生まれてしまうと予定日より1ヶ月半も早く、
まだ自力で呼吸できるか危うい状態だというのです。
それなのに、赤ちゃんは出てくる準備をしていました。
1日でも2日でも長く、
母体に赤ちゃんをとどめなくてはならないと言われました。
それには動いてはいけないそうで、
すぐにベッドに横になるように指示されました。
小さな個人病院のため、生まれてしまった場合
未熟児の赤ちゃんをケアできる施設がなく
NICUのある病院へ救急車で搬送されることになりました。
子宮口がこれ以上開かないように
ウテメリンの点滴をしながら。
搬送先は、1番近い大学病院が満床で入れず、
NICUのある隣の市の病院(車で30分くらい)になりました。
子宮口が3cm開いている事がわかったとき
「どうしてウテメリンを飲まなかったんだ」
先生はかなり強い口調でこういいました。
飲まなかったのか・・・と問われても
処方されていないものをどうやって飲める?
私が処方されていなかったことを訴えると
「もっと早く来てくれれば!」
と今更・・・としか思えないことを・・・
25週で「早産に注意」と言われ、
そのときはウテメリンを処方されたので、飲んでいました。
でも・・・
29週には、早産については全く触れられなくなっていました。
逆子が治らないからと、毎週病院に通っていたというのに
どうしてきちんと見てくれなかったの?
私は何も言われなくなったので、
「早産」はもう大丈夫なんだと思い込んでいました。
その思い込みが、あとで大変な結果を招いてしまったのです。
いくら後悔してもあとの祭りです。
救急車の中では、つきそいの看護師さんが2人ついて
お腹のはりが何分おきかを調べていました。
「おなかが張ったら教えてください」
と問われ、私がおなかの張りが分からず答えずにいると、
私のお腹を触って
「ほら、おなか、張っているじゃない。分からないんですか?」
と怒られました。
昨日までは考えもしなかった
早産してしまうかもしれないという事実。
それだけでも十分ショックを受けていた私にとって
こういった医師の言葉、看護師の言葉は、かなり辛かったです。
もしかしたら、もっと早く入院していなくてはいけなかったのかもしれない。
とはいえ、こうなってしまったら
一日でも長く、赤ちゃんがお腹の中に居られる様に
頑張るしかない・・・救急車の中で、覚悟を決めました。
私は救急車、くまちゃんは車で後を追ってきてくれました。
11:30頃、転院先の病院に着き、すぐに診療がありました。
やはり同じ診断。
1800gだと、肺呼吸を自力でできるかわからない。
1日でも2日でも持たせましょう。とのこと。
自力で肺呼吸ができない場合、
うちでは見られるか分からないので
赤ちゃんだけだけ小児医療センターへ
転院させることになるかもしれない。
そう言われました。
産まれてから、赤ちゃんだけが遠くに行ってしまう・・・
最悪の事態をなるべく考えないようにしました。
その後は、ウテメリンの点滴を打ちながら
陣痛室のベッドにずっと横になっていました。
時々、お腹の張りを調べる機械をお腹につけていました。
ウテメリンの量はどんどん増え、
トイレに立ったとき、立ちくらみがして、
しばらく立てなくなるほどでした。
何もすることが無くて、ただベッドに寝ているだけ。
妊婦なのでうつぶせにもあおむけにも寝られません。
更におなかに張りを調べる機械をつけているので
あまり体を動かすことができず、横向きに寝ていると
下になっている方の足が痛くなってしまい、きつかったです。
私がベッドで寝ている間、
くまちゃんが病院の事務手続きやら
私の実家への連絡をしてくれていました。
急な入院だったというのに、父母、義父母も来てくれました。
皆が居た、18:30くらいまでは
まだ張りもあまりなく、大丈夫でした。
でも、その後・・・
夜、張りがおさまらないということで、
張りを調べる機械をずっとつけていることになりました。
ウテメリンの点滴の滴下量がどんどん増え、
心臓がドキドキして体が熱く、
機械をつけていて寝返りもできない
更に陣痛室には他の妊婦さんがいて(4人部屋満床)
痛い痛いの大合唱!
苦しくて、ほとんど眠れずに夜を過ごしました。
夜中、出血。おしるしとのことでした。
転院先の病院では
助産師さんが皆さんとても優しくて、
救われました。
まだまだ出産は先だと思っていたので
出産についての知識がほとんどなく
2回あったマタニティスクールも1回参加しておらず
出産のココロエなるものは全くなし。
早産してしまうかもしれないという不安でいっぱいの私には
助産師さんたちの優しさが心に染み入りました。
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朝方、6:00頃、ものすごくお腹が痛くて起きてしまいました。
今までに感じたことがないような痛み。
子宮の痛みなのかな?良く分からず。
トイレに行ったら、少し血がついていました。
?なんだろう?
痔・・・だからかな。
お腹の痛みは、くまちゃんに背中をさすってもらったら少し良くなって
そのうち眠ってしまいました。
次に目が覚めたのが9:00ごろ、
お腹の痛みは無くなっていました。
「病院に行った方がいいよ。」
くまちゃんに言われて、治ったから平気かな・・・と思いつつも
心配なので病院に連れて行ってもらいました。
車で20分くらい、
痔なので、助手席に座っているだけでおしりが痛かったです。
診察を受けてはじめて、大変な事実を知りました。
既に、「子宮口が3cm開いている」という診断だったのです。
内診をしながら、先生が驚きの声を上げ・・・
それを聞いて、私も事の重大さを知ることに。
9ヶ月、33週5日、子どもは1800gとちょっと。
今生まれてしまうと予定日より1ヶ月半も早く、
まだ自力で呼吸できるか危うい状態だというのです。
それなのに、赤ちゃんは出てくる準備をしていました。
1日でも2日でも長く、
母体に赤ちゃんをとどめなくてはならないと言われました。
それには動いてはいけないそうで、
すぐにベッドに横になるように指示されました。
小さな個人病院のため、生まれてしまった場合
未熟児の赤ちゃんをケアできる施設がなく
NICUのある病院へ救急車で搬送されることになりました。
子宮口がこれ以上開かないように
ウテメリンの点滴をしながら。
搬送先は、1番近い大学病院が満床で入れず、
NICUのある隣の市の病院(車で30分くらい)になりました。
子宮口が3cm開いている事がわかったとき
「どうしてウテメリンを飲まなかったんだ」
先生はかなり強い口調でこういいました。
飲まなかったのか・・・と問われても
処方されていないものをどうやって飲める?
私が処方されていなかったことを訴えると
「もっと早く来てくれれば!」
と今更・・・としか思えないことを・・・
25週で「早産に注意」と言われ、
そのときはウテメリンを処方されたので、飲んでいました。
でも・・・
29週には、早産については全く触れられなくなっていました。
逆子が治らないからと、毎週病院に通っていたというのに
どうしてきちんと見てくれなかったの?
私は何も言われなくなったので、
「早産」はもう大丈夫なんだと思い込んでいました。
その思い込みが、あとで大変な結果を招いてしまったのです。
いくら後悔してもあとの祭りです。
救急車の中では、つきそいの看護師さんが2人ついて
お腹のはりが何分おきかを調べていました。
「おなかが張ったら教えてください」
と問われ、私がおなかの張りが分からず答えずにいると、
私のお腹を触って
「ほら、おなか、張っているじゃない。分からないんですか?」
と怒られました。
昨日までは考えもしなかった
早産してしまうかもしれないという事実。
それだけでも十分ショックを受けていた私にとって
こういった医師の言葉、看護師の言葉は、かなり辛かったです。
もしかしたら、もっと早く入院していなくてはいけなかったのかもしれない。
とはいえ、こうなってしまったら
一日でも長く、赤ちゃんがお腹の中に居られる様に
頑張るしかない・・・救急車の中で、覚悟を決めました。
私は救急車、くまちゃんは車で後を追ってきてくれました。
11:30頃、転院先の病院に着き、すぐに診療がありました。
やはり同じ診断。
1800gだと、肺呼吸を自力でできるかわからない。
1日でも2日でも持たせましょう。とのこと。
自力で肺呼吸ができない場合、
うちでは見られるか分からないので
赤ちゃんだけだけ小児医療センターへ
転院させることになるかもしれない。
そう言われました。
産まれてから、赤ちゃんだけが遠くに行ってしまう・・・
最悪の事態をなるべく考えないようにしました。
その後は、ウテメリンの点滴を打ちながら
陣痛室のベッドにずっと横になっていました。
時々、お腹の張りを調べる機械をお腹につけていました。
ウテメリンの量はどんどん増え、
トイレに立ったとき、立ちくらみがして、
しばらく立てなくなるほどでした。
何もすることが無くて、ただベッドに寝ているだけ。
妊婦なのでうつぶせにもあおむけにも寝られません。
更におなかに張りを調べる機械をつけているので
あまり体を動かすことができず、横向きに寝ていると
下になっている方の足が痛くなってしまい、きつかったです。
私がベッドで寝ている間、
くまちゃんが病院の事務手続きやら
私の実家への連絡をしてくれていました。
急な入院だったというのに、父母、義父母も来てくれました。
皆が居た、18:30くらいまでは
まだ張りもあまりなく、大丈夫でした。
でも、その後・・・
夜、張りがおさまらないということで、
張りを調べる機械をずっとつけていることになりました。
ウテメリンの点滴の滴下量がどんどん増え、
心臓がドキドキして体が熱く、
機械をつけていて寝返りもできない
更に陣痛室には他の妊婦さんがいて(4人部屋満床)
痛い痛いの大合唱!
苦しくて、ほとんど眠れずに夜を過ごしました。
夜中、出血。おしるしとのことでした。
転院先の病院では
助産師さんが皆さんとても優しくて、
救われました。
まだまだ出産は先だと思っていたので
出産についての知識がほとんどなく
2回あったマタニティスクールも1回参加しておらず
出産のココロエなるものは全くなし。
早産してしまうかもしれないという不安でいっぱいの私には
助産師さんたちの優しさが心に染み入りました。
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2005年03月12日(土)
妊娠29週目(まだ逆子)
今日も病院へ行ってきました。
逆子体操の効果むなしく、「逆子」は直っていませんでした。
10ヶ月に入る前までに直れば大丈夫との先生のお話。
がんばって体操したいと思います。
逆子体操・・・
あのお尻を上げた体勢で5分というのが
かなりつらくてたえられないことがしばしば。
こんなに大変だとは正直思っていませんでした。
赤ちゃんの体重はやっと1kgを越えました。
普通より少し小さめのようで、これまたちょっと不安ですが・・・
今日はアカチャンホンポで入院に必要なものと、
チャイルドシートとベビーカーを買いました。
チャイルドシートとベビーカーを買うにはちょっと気が早いですが
旦那様お気に入りのものが安く売っていたので買ってしまいました。
パパもママもベイビーが生まれてくるのを楽しみにしています。
元気な子が無事生まれますように。
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逆子体操の効果むなしく、「逆子」は直っていませんでした。
10ヶ月に入る前までに直れば大丈夫との先生のお話。
がんばって体操したいと思います。
逆子体操・・・
あのお尻を上げた体勢で5分というのが
かなりつらくてたえられないことがしばしば。
こんなに大変だとは正直思っていませんでした。
赤ちゃんの体重はやっと1kgを越えました。
普通より少し小さめのようで、これまたちょっと不安ですが・・・
今日はアカチャンホンポで入院に必要なものと、
チャイルドシートとベビーカーを買いました。
チャイルドシートとベビーカーを買うにはちょっと気が早いですが
旦那様お気に入りのものが安く売っていたので買ってしまいました。
パパもママもベイビーが生まれてくるのを楽しみにしています。
元気な子が無事生まれますように。
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2005年03月05日(土)
妊娠28週目(逆子)
病院で見てもらったら、逆子になっていました。
私も逆子で生まれてきたので、
やっぱり自分の子もそうなのかなぁ?
と思いつつ・・・
ただでさえ痛くて恐ろしいと思われる出産。
これ以上痛いのも帝王切開も嫌なので、
頑張って病院で教わった逆子体操をしようと思います。
でも教えていただいた逆子体操は
「ほんとうにこんなんで直るの?」
というくらいちょっと拍子抜け。
●逆子を直すポーズ(胸膝位)
1.軽く足を広げて膝をつく、うつぶせになる
2.おしりを上げる
3.この姿勢で3〜5分
(資料には5〜10分とかかれていましたが、病院では3〜5分と指導されました)
4.お腹の赤ちゃんの背中側を上にして(私は右側)、
少し勢いをつけて「コロン」と転がる。
5.そのままお腹の赤ちゃんの背中側を上にして(私は右側)、横になり寝る
帰ってきてネットで検索してみたら、一番メジャーな体操みたいです。
お尻を上げて5分が結構大変だとか・・・
今日から寝る前にやってみたいと思います。
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私も逆子で生まれてきたので、
やっぱり自分の子もそうなのかなぁ?
と思いつつ・・・
ただでさえ痛くて恐ろしいと思われる出産。
これ以上痛いのも帝王切開も嫌なので、
頑張って病院で教わった逆子体操をしようと思います。
でも教えていただいた逆子体操は
「ほんとうにこんなんで直るの?」
というくらいちょっと拍子抜け。
●逆子を直すポーズ(胸膝位)
1.軽く足を広げて膝をつく、うつぶせになる
2.おしりを上げる
3.この姿勢で3〜5分
(資料には5〜10分とかかれていましたが、病院では3〜5分と指導されました)
4.お腹の赤ちゃんの背中側を上にして(私は右側)、
少し勢いをつけて「コロン」と転がる。
5.そのままお腹の赤ちゃんの背中側を上にして(私は右側)、横になり寝る
帰ってきてネットで検索してみたら、一番メジャーな体操みたいです。
お尻を上げて5分が結構大変だとか・・・
今日から寝る前にやってみたいと思います。
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2005年02月26日(土)
妊娠27週目
検診に行ってきました。
エコーでみたら、ベビーの位置が頭が下ではなくて、横になってしまっていました・・・
右側を下にして寝るように指導されました。
というわけで普段なら2週間おきの検診ですが
来週また行くことになりました・・・
なおらなかったら、妊婦体操を教えてくれるそうです。
他にも今日は母子手帳にいろいろ書かれてしまいました。
右下にして寝る
カロリー制限
早産注意
2週間で体重が1.5キロほど増えていました。
この前下痢をしてやせたのに、そのあと反動でたくさん食べてしまったのが
いけなかったようです。
7ヶ月になると大きくなった子宮が内臓を圧迫して、胸がつかえたようになるから
1度に食べられる量が減ると聞いてちょっと安心していたのですが
1回にたくさんは食べられなくても
ちょこちょこ間食してしまったので一気に太ってしまったみたいです。
体重には十分気をつけないとと反省しました。
早産防止の薬(ウテメリン)はまた2週間分いただきました。
副作用がでるのであまり飲みたくないですが
早産予防なので仕方ないので飲みます。
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エコーでみたら、ベビーの位置が頭が下ではなくて、横になってしまっていました・・・
右側を下にして寝るように指導されました。
というわけで普段なら2週間おきの検診ですが
来週また行くことになりました・・・
なおらなかったら、妊婦体操を教えてくれるそうです。
他にも今日は母子手帳にいろいろ書かれてしまいました。
右下にして寝る
カロリー制限
早産注意
2週間で体重が1.5キロほど増えていました。
この前下痢をしてやせたのに、そのあと反動でたくさん食べてしまったのが
いけなかったようです。
7ヶ月になると大きくなった子宮が内臓を圧迫して、胸がつかえたようになるから
1度に食べられる量が減ると聞いてちょっと安心していたのですが
1回にたくさんは食べられなくても
ちょこちょこ間食してしまったので一気に太ってしまったみたいです。
体重には十分気をつけないとと反省しました。
早産防止の薬(ウテメリン)はまた2週間分いただきました。
副作用がでるのであまり飲みたくないですが
早産予防なので仕方ないので飲みます。
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